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華凛の日常

日々感じたことや、懐かしい思い出、旅先での出来事など、思いついたことを毎日書いています。

№125 お墓参り

 
ワイルドストロベリー
2017.03.19(日) 

お彼岸なので、お墓参りに行ってきた。

我が家のお墓は自転車で約10分のところにある。お天気は良かったが、ものすごい強風で自転車を漕ぐのも一苦労だった。

霊園に近づいてくると、お線香の香りが風にのって漂っていた。それほど、多くの人がお彼岸でお参りに訪れていたのだった。霊園に入って見渡すと、どこも新しいお花が供えられ、スッキリ綺麗な雰囲気になっていた。

私たちも慣れた手順でお墓の掃除をし、お花を供え、義父の好きだったコーラと義母の好きだったぼたもちをお供えした。

今、ここにお供えした物の名前が、「ぼたもち」だったか、「あんころもち」だったか、「おはぎ」と呼ぶものだったのか、分からなくなってしまった。

というのも自分が関西出身なので、一般的な言い方なのか、まったくの土地柄丸出しのことなのか、時々分からなくなるからだ。

確か、春は「ぼたもち」、秋は「おはぎ」だったような気がするが、「あんころもち」とも言っていた気がして、少し調べてみた。

やはり、春のお彼岸の頃は、牡丹の花に似ていることから「牡丹餅(ぼたもち)」といい、
秋のお彼岸の頃には、萩の花が咲くので、「御萩(おはぎ)」というようだ。

また、小豆の収穫は秋なので、皮まで柔らかいことから、おはぎは「つぶあん」、春は「こしあん」を使ったそうだ。

だが、最近ではそれらが逆転したり、季節によってはっきりと使い分けられてはいないようだ。

私が小さい頃は、よく家で「ぼたもち」を作った。あんこは半分すりつぶしたようなこしあんぽかった気がする。家で作るから、皮ももったいなくて、たぶんすりつぶして使っていたのだろうと思う。

手のひらをべたべたにさせながら、手作りの甘いあんこをくっつけて、ぼたもちを作るのはとても楽しかった。全部お手伝いが終わると、行儀が悪いと言われながら、手についたあんを舐めて食べたものだ。

だが、季節がいつだったのか、さっぱり思い出せない。ただ、ぼたもちは、かなり大きくて、おはぎは小さめだった気がするし、おはぎを作ったときは、外側がきな粉で、中にあんが入っているものも、作ったような記憶がある。

そんなことを考えていると、そういえば、亡くなった私の母は、季節ごとにいろんなものを作ってくれていたのだなと思い出して懐かしい気持ちになった。

お雛様のときには、必ずちらし寿司を作ってくれていたし、お祭りの季節には、必ず鯖寿司を作ってくれていた。

そういえば、あんころもちはお餅搗きをしたときに、搗きたてのお餅を餡で包んだものだったと、書いていて思い出した。

これですっきりした気分だ。

今日、お供えしたものは、大きさもちょっと大きめのこしあんの「あんころもち」だった。
お義母さんも喜んでくれているかなと思いつつ、お墓参りに無事行くことができて、こちらもスッキリした気分だ。

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№124 マイブーム


ワイルドストロベリー
2017.03.18(土) 

最近、本当によくお菓子を作っている。

それだけではなく、ちょっとしたお料理も、クックパッドで調べては、新しいことに挑戦している。同じ食材を使うにしても、何か新しい工夫をしてみようという気力が半端なく沸き起こってくる。

特に、お菓子だけでなく、麺作りや餃子の皮といった風に、今までどうも手が出なかった「粉物」を扱えるようになったのが、嬉しくて仕方ないのだ。

マイブームとしか言いようがないが、異常なくらいに時間さえあれば、すぐにお菓子かパンを作りたくなる。

ついこの間までは、やたらカロリーに興味があって、とりつかれたようにあすけんというアプリで毎食毎食、食べたものを記入していた。一日の総カロリーを計算し、お買い物するときも、カロリーを気にして、毎日の体重と歩数の管理に勤しんでいたのだ。
なのにそちらはすっかり止めてしまって、真逆のお菓子やパン作りにはまっているのだから、これはもはや、その時のリバウンドのような気すらしてくる。

本当は、このお料理ブームが来るまでは、毎日お料理するのが面倒だなと感じるようになってきていた。そうなると、本当に工夫がなくなり、同じような物ばかり作っているなと、自分でもやる気がでないことが気になっていた。

何とか、カロリーを計算していた頃の知恵も生かして、しかもお料理の楽しさをこのまま維持する方向に進みたいものだ。

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№123 三連休前夜

 
サクラソウ
2017.03.17(金) 

明日から三連休。
「好きなことをして、楽しむぞ!」
と、ひそかに思っている私だが、その前にお墓参り。

今日はスーパーでも入口付近に目立つコーナーを設けて、お花やらお供え物を売っていた。
すぐさま夫に連絡してみると、
「行こう」
と返事があったので、お花を買ってきた。

高い。異常に高い気がするが、仕方ない。
久しぶりのお墓参りだ。

白と黄色の菊の他に、ピンク系のカーネーションと小菊が少々。あと…ユリが一本入っているだけで980円。一対にするから2千円の出費。
うぅーん…。悩むところだ。

ここはケチってはいけないと思いつつ、心の中でお義母さんに相談する。

「どうしよう。ユリ、入ってる方がかっこいいけど…」

「いいよ。
 そんな高いお花、要らないよ」

「マジですか?
 ユリ綺麗だよ」

「要らない、要らない」

「ほんとに?
 そんじゃ、お仏壇にいいお花買ってくるね」

そんな会話をして、結局、ケチった私だった。

まぁ、お義母さんは私の性格を知ってるので、お墓参りに行こうと思いついただけでも褒めてくれそうな気がする。

勝手な妄想と、都合のいい答えだが、大好きなお義母さんはいつも私の心の中に居る。

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№122 手遊びうた


アスチルベ
2017.03.16(木) 

台所で用事をしていると、次男がやってきて、何か食べるものはないかとのたまう。



口ずさんでいるのは懐かしい手遊びうた。『おべんとうばこのうた』だ。
「これっくらいの お弁当箱に
 おにぎり おにぎり ちょいとつめて♪」


その先が分からず、そこばかり繰り返して、冷蔵庫を物色していた。



私もつられて口ずさむが、どうもその先の歌詞が思い出せない。


「なんちゃら生姜に ごま塩ふって」


ここまで歌うと、
「次は確か、2で、ニンジンさん
 3でサクランボさん、4でシイタケさん、5でごぼうさん」



そうすると、どんどん楽しくなって、
「穴のあいたレンコンさん、スジを取ったふき」
と、次男と二人歌い終わった。



実は今日お買い物に行ったスーパーで、めずらしくフキが出ていた。筍も小さいが並び始めたようだが、お高くて手が出ない。それでフキを買ってきて、茹でたりスジを取ったりして、お料理に使った。鮮やかな色に茹であがったフキは、香りもよく春らしい気分にさせてくれたところだった。



ところで、手遊びうたの3のサクランボが、歌っていてなぜかしっくりこない。本当にサクランボだったのだろうかと、次男に言うと、直ぐに調べてくれた。



「母さん、やっぱりサクランボだよ。サンドイッチバージョンもあるってさ。」



分からなかったなんちゃら生姜のところも、
「きざみしょうが」だと教えてくれた。



片づけを終えて、自分でもググってみた。
子どもたち相手に、よくこの歌を歌いながら遊んだものだ。



一番最後の、「スジを取ったフキ」のところで、ふぅー!っと息を吹きかけて、子どもたちの首筋をこちょこちょとくすぐると、子どもたちもきゃぁきゃぁ大騒ぎだった。



と、ふと、ググった歌詞をよくみると…。
なんと、「スジを取った」ではなく「すじのとおった ふき」
と、なっている。



ずぅーっと、ふきはスジを取るものだから、そう思い込んでいた。


「だが待てよ…これが本当の歌詞なのかな?」


と、いろいろ検索していると、なんと原作者の方が、歌詞が違うことを自身のHPで出しておられた。




「おにぎり おにぎり ちょいとつめて」
だそうで、これは私も正解だったが、次の、
「きざーみしょうがに ごま ふりかけて」
が正解で、
「あぁー!そうだった!」
と、思い出した。



だが知りたかった、最後のふきのところは、特に記載されていなかったので、きっと、
「すじのとおった ふき」
なんだろうなと思う。




フキと言えば、私が子どもの頃には、よくスジをとるお手伝いをさせられた。子どもの私には、たいして美味しいとも思えないフキのスジとりは、めんどくさくて嫌なお手伝いとして記憶に残っている。



きっとそういった自分の思い出が、歌詞を変えてしまったのだろう。



原作者の香山美子(こうやま よしこ)さんには申し訳ないが、とてもいい加減に歌っていたようだ。けれど、手遊びしながら子どもたちと楽しい時間を過ごした思い出がよみがえって、そして、何十年ぶりかで間違いが分かって、思わずひとりで笑ってしまった出来事だった。


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№121 大相撲


サトザクラ/カンザン
2017.03.15(水) 

大好きな相撲が始まって、楽しみな毎日だ。

横綱稀勢の里が誕生しただけでなく、最近の若手力士たちが元気なのも面白さが増す理由だろう。

今まで白鵬がしっかりと横綱の役割を果たして、頑張ってくれていたが、これからは四横綱時代に突入したので、ベテランとしてさらに活躍してもらいたいと思っている。

いつも日本人の横綱がいないことが話題になったりしてきたが、白鵬からしたら、なんと気の悪いことだろうと、ずっと気になっていた。

そんな風に思うのは私だけだろうか。

どのスポーツにしても、毎日の鍛錬と訓練の賜物のような試合風景を見ることができるのは、本当に楽しい。

相撲は若い頃から好きで、特に場所中は勝敗が気になって仕方ない。
仕事で見ることができなくても、ダイジェスト版を録画しているので、見逃す心配はないのだが、やっぱりライブが一番ドキドキする。

さて、本日の取り組みはどうだろう。
楽しみな夕刻が迫ってくる。

    (2017.03.16 記)

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№120 LINE


サギゴケ
2017.03.14(火) 

本来、火曜日は午前中だけなのだが、午後から出勤の人からLINEが入り、お休みしたいということで、私が一日出勤することになってしまった。
もともと水曜日は一日出勤の日なので、2日続けてフル出勤となり、夕飯の段取りやらに追われてしまった。

LINEは便利なものだ。
職場もグループで連絡が入ったり、個々に連絡し合ったりと、普段から便利に使っている。

スタンプも可愛いいこともあり、ついLINEを使うようになった。

こんな、本当なら頼みにくいことも、相手の顔を見ることも、声さえも聞くこともなく、文章で伝えることができるのだら、気楽と言えば気楽な気がする。

口では言えないことも、文字にすれば書けたりしてしまうのは、いいこともあるが、怖いような気もするわたしである。しかも、文字にしてしまうと、読み返すこともできて、残ってしまうというのもちょっと怖い。

よくよく考えて書いた文章だとしても、相手がどのように読んでくれるのか、また、こちらが思うことがちゃんと伝わるのか、そういったことも、時々心配になる。

読み間違いや思い込みで誤解してしまうようなことも、時々あるように思う。気楽に使っているが、案外そうでもなかったりする気がする。

本当は何が幸せなのかなと、しみじみ考えてしまうのは私だけだろうか。

 
              (2017.03.15 記)

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№119 学習能力


ゲンノショウコ
2017.03.13(月) 

先日の職場での最悪な感じは、今のところ、あれが一応のピークだったようだ。

今のところ、彼女が機嫌よく仕事をしてくれているので、周りのみんなも気分が楽だ。その人ひとりの態度の違いで、これほどまでに職場の雰囲気が明るくなるのも、すごいなと思ってしまう。
ただ、あれが最大のピークだったとは思えないし、まったく安心はしていない。

こんなことを書いていて、明日にはころっと天候が急変。大嵐ならぬ台風が来ているかも知れない。もしかしたら竜巻かも…などと、考えられるのは、少し私に余裕が出てきたせいだ。

まずは、どんな天候の変化があっても、驚かないでおこうと思っている。

人間、予測しておけば、ショックも少ないものだ。あらぬ期待を持たぬよう、冷静に見つめていこうと思っている。その為にも今までの彼女の言動は、心の片隅に留めておかねばと思っている。

ぞっとするような冷たい言い方をする彼女と、同一人物とは思えないような笑顔で話しかけられると、つい気を許してしまう私がいる。

それが私の長所でもあり、短所でもあると思う。
でも、少しは学習しなくてはならない。

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№118 家電たちと協力


シモツケ
2017.03.12(日) 

我が家にHBが来てからというもの、お菓子作りが面白くてしょうがない。

以前住んでいた家にはちょっと外国っぽいような、ガスオーブンがレンジの下についていて、とても便利に使っていた。そのせいか、今のところへ越してきてから、今風の電子レンジとオーブン機能のあるものを持っているのに、なかなかオーブンとして使いこなせていなかった。

本当に、物事とは何がきっかけになるか分からない。

お菓子だけでなく、パン作りまでやるようになった。HBで一次発酵までやって、その後、オーブンで二次発酵、そして焼くという風に使いこなすようになったことは、自分でも驚きだ。

子らが小さかったころは、よくクッキーを焼いたりした。だが、パンとなると、なかなか発酵が難しそうで、自分には無理かと思っていた。

だが今は、HBの力を借りて、そして何より、ネットでレシピを調べれば簡単な作り方が分かることが料理をしやすくしている。

何でもググってみれば、即座に同じようにググっている人たちを見つけることができ、そして、その解決法も見つけることが出来る時代だ。

この便利な世界はどこまで進化するのだろう。

けれど、お料理の楽しさは、結局は自分のやり方を編み出せるところだと思う。
お菓子やパンは分量をきちんとはかって作らないと、上手くできないものだが、それでも、基本のレシピから自分なりのアレンジがだんだん見つけられてとても面白い。

大昔から、美味しいものを食べたくて、ちょっとした工夫を積み重ねて今のお料理があるんだろうなと思う。

今日は我が家のHBと、我が家の麺職人、そしてオーブンたちと協力して、たくさん美味しい物を作り出した一日だった。それらの家電も静かにお休みだ。

「忙しかったけれど、使ってもらって嬉しかったな」
そんな声が聞こえそうな夜だ。

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№117 震災から6年



ハス
2017.03.11(土) 

今でもまだはっきりと目に焼き付いている津波の映像。
テレビで見ていたときに、大勢の人々が逃げ惑っていたのに、私は見つめることしかできなかった。

自宅の仏壇は大きく揺れ、お位牌が倒れて来ないように、思わず手でかばっていた。それこそ、大きく揺れる中で、無我夢中だった。

けれど私には震災というと、亡くなった義母のこと。そしてその3か月後に亡くなった義父のことが思い出されて、辛く苦しい気持ちになる。

震災が起こったあの日は、まさに義母の葬儀の翌日だった。

義母の病気が分かってから亡くなるまでも、義母は素晴らしい人だった。夫と一緒になって、この人を義母と呼ばせてもらえることが、心から嬉しかった。とても私などが、義母の認めるところの息子の嫁などとんでもなく、それ以上に、出来の悪い娘のように思ってくれているように感じていた。それほどに、大きな心で受け入れてくれた義母のことを本当に感謝していた。

何といったらいいのか…。私にとっては次元の違うような人だった。

そんな義母と長年連れ添ってきた義父も、私にとっては優しい人だった。それなのに、私は義父を死なせてしまった。どんなに謝っても、もうどうすることもできない。

義父が旅立ってから、ずっと自分の至らなさを悔いる想から解放されていない。むしろ、決して自分を責めることをやめてはいけないとさえ思っている。

けれど、亡くなった二人を思い出すと、優しい笑顔で私を見つめてくれている。

義母も私に
「しょうがないよ。いいんだよ」
と、言ってくれている気がする。
義父も
「そうだよそうだよ。気にしなくていいんだよ」
と、優しく言ってくれている気がする。

私にとっての震災の思い出は、そんな義母と義父への感謝の思いだ。至らなかった私。成長の無い、取り返しのつかない後悔。そんな全てのことを思い出しつつ、夫と出会えたこと。そして二人を見送り、いつか同じお墓に入れることへの感謝。

そこに入れるその日まで、夫と二人、必ず幸せでいようと決心している。

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№116 超能力


シナノキンバイ
2017.03.10(金) 

今日は久しぶりに友人とランチをしてきた。

職場の近くのサイゼ。お安くて、長居できるから、結構よく利用する。
店内に入ってびっくり。ものすごく混んでいたからだ。

今日は公立高校の合格発表の日。
そんなことも関係しているのか、お昼もかなり過ぎているというのに、店内は満席。
しばらく待ってから席に着いた。

春らしい菜の花とエビのパスタが美味しかった。
定番のクッキーアイスも美味しい。

小一時間ほど話し込んでいたら、知らぬ間に潮が引くように店内が静かになっていた。

のどかな午後のひと時。
2杯目のコーヒーを飲んだら、夫から電話が鳴った。

どうしたわけか、私からの着信が入っていたらしい。
もちろん電話はかけていない。

不思議なことだが、以前にも同じようなことがあった。
そろそろ帰らねばと思っていると、そんな風な不思議なことが起こる。

私って、もしかして超能力者?
まさか…だけど、結構役に立つ能力だ。

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