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華凛の日常

日々感じたことや、懐かしい思い出、旅先での出来事など、思いついたことを毎日書いています。

№120 LINE


サギゴケ
2017.03.14(火) 

本来、火曜日は午前中だけなのだが、午後から出勤の人からLINEが入り、お休みしたいということで、私が一日出勤することになってしまった。
もともと水曜日は一日出勤の日なので、2日続けてフル出勤となり、夕飯の段取りやらに追われてしまった。

LINEは便利なものだ。
職場もグループで連絡が入ったり、個々に連絡し合ったりと、普段から便利に使っている。

スタンプも可愛いいこともあり、ついLINEを使うようになった。

こんな、本当なら頼みにくいことも、相手の顔を見ることも、声さえも聞くこともなく、文章で伝えることができるのだら、気楽と言えば気楽な気がする。

口では言えないことも、文字にすれば書けたりしてしまうのは、いいこともあるが、怖いような気もするわたしである。しかも、文字にしてしまうと、読み返すこともできて、残ってしまうというのもちょっと怖い。

よくよく考えて書いた文章だとしても、相手がどのように読んでくれるのか、また、こちらが思うことがちゃんと伝わるのか、そういったことも、時々心配になる。

読み間違いや思い込みで誤解してしまうようなことも、時々あるように思う。気楽に使っているが、案外そうでもなかったりする気がする。

本当は何が幸せなのかなと、しみじみ考えてしまうのは私だけだろうか。

 
              (2017.03.15 記)

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№119 学習能力


ゲンノショウコ
2017.03.13(月) 

先日の職場での最悪な感じは、今のところ、あれが一応のピークだったようだ。

今のところ、彼女が機嫌よく仕事をしてくれているので、周りのみんなも気分が楽だ。その人ひとりの態度の違いで、これほどまでに職場の雰囲気が明るくなるのも、すごいなと思ってしまう。
ただ、あれが最大のピークだったとは思えないし、まったく安心はしていない。

こんなことを書いていて、明日にはころっと天候が急変。大嵐ならぬ台風が来ているかも知れない。もしかしたら竜巻かも…などと、考えられるのは、少し私に余裕が出てきたせいだ。

まずは、どんな天候の変化があっても、驚かないでおこうと思っている。

人間、予測しておけば、ショックも少ないものだ。あらぬ期待を持たぬよう、冷静に見つめていこうと思っている。その為にも今までの彼女の言動は、心の片隅に留めておかねばと思っている。

ぞっとするような冷たい言い方をする彼女と、同一人物とは思えないような笑顔で話しかけられると、つい気を許してしまう私がいる。

それが私の長所でもあり、短所でもあると思う。
でも、少しは学習しなくてはならない。

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№118 家電たちと協力


シモツケ
2017.03.12(日) 

我が家にHBが来てからというもの、お菓子作りが面白くてしょうがない。

以前住んでいた家にはちょっと外国っぽいような、ガスオーブンがレンジの下についていて、とても便利に使っていた。そのせいか、今のところへ越してきてから、今風の電子レンジとオーブン機能のあるものを持っているのに、なかなかオーブンとして使いこなせていなかった。

本当に、物事とは何がきっかけになるか分からない。

お菓子だけでなく、パン作りまでやるようになった。HBで一次発酵までやって、その後、オーブンで二次発酵、そして焼くという風に使いこなすようになったことは、自分でも驚きだ。

子らが小さかったころは、よくクッキーを焼いたりした。だが、パンとなると、なかなか発酵が難しそうで、自分には無理かと思っていた。

だが今は、HBの力を借りて、そして何より、ネットでレシピを調べれば簡単な作り方が分かることが料理をしやすくしている。

何でもググってみれば、即座に同じようにググっている人たちを見つけることができ、そして、その解決法も見つけることが出来る時代だ。

この便利な世界はどこまで進化するのだろう。

けれど、お料理の楽しさは、結局は自分のやり方を編み出せるところだと思う。
お菓子やパンは分量をきちんとはかって作らないと、上手くできないものだが、それでも、基本のレシピから自分なりのアレンジがだんだん見つけられてとても面白い。

大昔から、美味しいものを食べたくて、ちょっとした工夫を積み重ねて今のお料理があるんだろうなと思う。

今日は我が家のHBと、我が家の麺職人、そしてオーブンたちと協力して、たくさん美味しい物を作り出した一日だった。それらの家電も静かにお休みだ。

「忙しかったけれど、使ってもらって嬉しかったな」
そんな声が聞こえそうな夜だ。

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№117 震災から6年



ハス
2017.03.11(土) 

今でもまだはっきりと目に焼き付いている津波の映像。
テレビで見ていたときに、大勢の人々が逃げ惑っていたのに、私は見つめることしかできなかった。

自宅の仏壇は大きく揺れ、お位牌が倒れて来ないように、思わず手でかばっていた。それこそ、大きく揺れる中で、無我夢中だった。

けれど私には震災というと、亡くなった義母のこと。そしてその3か月後に亡くなった義父のことが思い出されて、辛く苦しい気持ちになる。

震災が起こったあの日は、まさに義母の葬儀の翌日だった。

義母の病気が分かってから亡くなるまでも、義母は素晴らしい人だった。夫と一緒になって、この人を義母と呼ばせてもらえることが、心から嬉しかった。とても私などが、義母の認めるところの息子の嫁などとんでもなく、それ以上に、出来の悪い娘のように思ってくれているように感じていた。それほどに、大きな心で受け入れてくれた義母のことを本当に感謝していた。

何といったらいいのか…。私にとっては次元の違うような人だった。

そんな義母と長年連れ添ってきた義父も、私にとっては優しい人だった。それなのに、私は義父を死なせてしまった。どんなに謝っても、もうどうすることもできない。

義父が旅立ってから、ずっと自分の至らなさを悔いる想から解放されていない。むしろ、決して自分を責めることをやめてはいけないとさえ思っている。

けれど、亡くなった二人を思い出すと、優しい笑顔で私を見つめてくれている。

義母も私に
「しょうがないよ。いいんだよ」
と、言ってくれている気がする。
義父も
「そうだよそうだよ。気にしなくていいんだよ」
と、優しく言ってくれている気がする。

私にとっての震災の思い出は、そんな義母と義父への感謝の思いだ。至らなかった私。成長の無い、取り返しのつかない後悔。そんな全てのことを思い出しつつ、夫と出会えたこと。そして二人を見送り、いつか同じお墓に入れることへの感謝。

そこに入れるその日まで、夫と二人、必ず幸せでいようと決心している。

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№116 超能力


シナノキンバイ
2017.03.10(金) 

今日は久しぶりに友人とランチをしてきた。

職場の近くのサイゼ。お安くて、長居できるから、結構よく利用する。
店内に入ってびっくり。ものすごく混んでいたからだ。

今日は公立高校の合格発表の日。
そんなことも関係しているのか、お昼もかなり過ぎているというのに、店内は満席。
しばらく待ってから席に着いた。

春らしい菜の花とエビのパスタが美味しかった。
定番のクッキーアイスも美味しい。

小一時間ほど話し込んでいたら、知らぬ間に潮が引くように店内が静かになっていた。

のどかな午後のひと時。
2杯目のコーヒーを飲んだら、夫から電話が鳴った。

どうしたわけか、私からの着信が入っていたらしい。
もちろん電話はかけていない。

不思議なことだが、以前にも同じようなことがあった。
そろそろ帰らねばと思っていると、そんな風な不思議なことが起こる。

私って、もしかして超能力者?
まさか…だけど、結構役に立つ能力だ。

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№115 のどちんこ

 
サルスベリ
2017.03.09(木)  

朝方、痰が絡むような感じがあって、その気持ち悪さから目を覚ました。何とか喉から出したくて強く吐いて、そして再び眠ってしまった。

起きてもまだ喉がおかしいので、痰を出すように吐き出すと、何とすごい血!

歯科医院でオペも見てきて、血に対しては少しは慣れている私だが、喉の痛みと見えない場所からの出血で、とたんにビビる。

とりあえずうがいして、明るい所で大きな口を開けて見てみた。
なんとのどちんこに出血の跡がある。

どうもここのところ咳が続いていたので、喉が腫れていたのだろう。そこへ無理な圧をかけてしまって、余計に炎症が広がってしまったようだ。

鏡越しに見る”のどちんこ”は、悲惨な姿で赤くなっている。

しばらくおとなしく、口を慎むようにと、天の神様に言われているような気がする。

愚痴ばっかり言ってるのがどうもばれているようだ。
今風に言うと…「マジ、やばい感じ」だ。

心はなかなか入れ替えたりできないが、しばらくはおとなしく、感謝の気持ちで過ごすようにこころがけようと思う。

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№114 世界を思えば


シロバナノヘビイチゴ
2017.03.08(水) 

昨夜はベットに入ると、パソコンをつけるのももどかしく、直ぐに眠りに落ちてしまった。やはり体調不良と神経が疲れているのに、出勤したせいだと思う。

身体は正直だ。

まるで、負傷兵が戦いに出ていくような気持で出勤したのだが、敵はどこにも見当たらなかった。もしかすると、亡霊のような錯覚だったのかと思わせるほどの、人の変わりように、これまた驚くばかりだった。

こんなたいしたこともない仕事に出るために、まるで戦場へ行くような書き方をしたら、本当の戦争を経験している人からすれば、呆れるほど甘っちょろいことを言っているように思われるだろう。

私の親の世代は、幼い頃に戦争を経験していたり、実際に戦地へ赴いたりした人たちもいたが、私と言えば、生まれてこのかたずっと平和な中で生活してきている。

本当に有り難いことだが、最近の世界情勢をみていると、とても不安な気持ちになってしまうのは、私だけでは無いのではないだろうか。

戦争を知らないだけに、この平和な世界がどれほど尊いものか、身に染みて分かっていないだけに、何となく世界中が不穏な雰囲気に包まれてきているように感じて、この甘ったるくて幸せな、それこそ夢のような世界が終わるのではないかと思うととても恐ろしい。

世界中の現実を思えば、私の今置かれている状況なんて、本当は何でもないことのような気がしてくる。

自分の居る井戸の中の水が汚いと、嘆き悲しんでばかりいても仕方がない。
それよりも井戸の外にある安全な我が家と、その周りに広がる素晴らしい世界を自由に行き来できることを楽しもう。
たまたま選んでしまった井戸だが、そこからも外に広がっている空を見上げることが出来ることを忘れないで、もう気を病むのはよそうと思う。
     (2017.03.09 記)

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№113 ずる休み


シロバナアケビ
2017.03.07(火) 

久しぶりにずる休みをしてしまった。
仕事をしていて、今日のようにずる休みをすることなど、本当に滅多にないことだ。

確かに、咳が出て、低体温で具合が悪いというのはあるのだが、今日は一日ずっとテレビを見たり、ネットを眺めたりして過ごしていた。

何もしないで、何も言わないで、そっとしておいてもらえる。
そんな有り難さを感じながらの一日だった。

ずる休みといえば、学生の頃、学校に行きたくなくて、時々、親を使って休んだりしたものだ。たいして熱も無いのに、親が電話しないと休めないから、親に嘘の電話を学校にしてもらうのだ。

今思えば、よくそんな事をうちの親はしてくれたものだなと思う。

休めば休むほど、学校に行きにくくなってしまうことは、そんな学生時代に十分経験済みなので、明日は思い切って仕事に行こうと思う。

誰も守ってはくれないし、誰も信用できないような職場だが、そんなことはもうどうでもいい。
職場でなんて、そう簡単に信頼できて気が合うような”友達”なんて出来ないことは、もう十分知っているはずだ。なのに、人間が甘いというか、自分で言うのもなんだが、人が良いというか、直ぐに仲良くなれそうな気になってしまう。

いろんな想いが渦巻くそんな職場だが、どこまで続けられるか、やってみようと思う。

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№112 我が職場


シロバナジンチョウゲ
2017.03.06(月) 

最近、職場でのストレスが溜まって、ついに体調にまで影響が出ている気がする。
少し風邪気味で、咳が出ているので、ただストレスというだけではない。

だが、胸のあたりから、喉の奥の方へかけて、締め付けるような圧迫感が続いている。

原因は、職場での一番かかわりの深い人の影響だ。

実際に、その人のいうところの職場環境の悪さや、オーナーである院長の対応についても、彼女の言うことも分からないでもない。
言わんとすることも理解できるし、言いたくなる気持ちも実際よくわかる。

それにしても、体調が悪くなるほど、言葉の影響をもろに受けてしまうのはどうしてだろう。

世間の人はどのようにして、このような事態をしのいでいるだろう。

人の口から吐き出される、悪意に満ちた言葉の数々が、私の神経と体を蝕んでいく。
反論することも、意見することも求められてはいない。
ただ、聞くしかない立場で、このような罵詈雑言を一身に受けていると、本当に具合が悪くなってしまう。

言葉は恐ろしい威力を持っている。

彼女はそんな事には少しも気づいてない。
その彼女がいるお蔭で、確かに職場はまわっている。
責任者なのだから、並大抵の苦労ではないかも知れない。

だが、私の知っている限り、私が就職してから、はや2人の人がその毒気にやられて退職に追い込まれた。

実際のところは、様々な原因と理由によっての退職だから、彼女が原因とは決めつけられないが、もしかしたら私も、過去の退職者のように体を壊してしまうかもしれない。
いや、神経がやられるかもしれない。

それとも、そんなことに負けないで、たぶん、今の状況を誰かに相談したら、間違いなく誰もが口にするだろう言葉…。
「気にしない」
で、強い心にならなくてはならないのだろうか。

私は弱い人間なのだろうか。

耳を覆いたくなる汚い言葉と、人を貶し、人の欠点をあげつらう言葉たちが常に職場に充満している。
そして、彼女の吐く重い重いため息と、時にはデスクを叩いたり、物にあたる音が響く。
そんな環境が、私の心と体を蝕んでいくような気がする。

こういう呪詛のような言葉たちから身を守る方法はあるのだろうか。

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№111 ピグライフ


シロツメグサ
2017.03.05(日) 

久しぶりに、アメーバのピグライフにINしてみた。
お庭で野菜やお花を育てるゲームだが、箱庭のようで、一時は本当にこのゲームにはまっていた。というより、お庭の中に逃げ込んでいた時期があった。

ピグライフ自体がもう6周年くらいになるのだが、私がお庭から離れてまだ半年くらいだろうか。

もともと、リアルでも家の中の模様替えが大好きなので、仮想空間の中で、可愛らしい小物や家具が次々手に入るというこのゲームは、夢中になるのも当たり前という感じだ。

その上、自分に似せて作っているピグも、洋服や小物、髪型やお化粧までできるだけでなく、PCの画面の中でいろんな動きができるので、着せ替え人形以上の面白さがある。

PCを始めた2000年当時、文字だけでチャットしていたが、このピグを動かして、
「うんうん」
と頷いて相槌をうったり、涙を流したり、飛び上がって喜んだり、そんなアクションをしながらチャットできるのだから、楽しくないはずがない。

その上、ピグライフのお庭の作物やお花のデザインが、これまた本当に美しい。

ピグライフが始まったばかりの頃は、ピグに対して家具や小物が大き過ぎて、まるでリアル感が無かったが、今ではとても小さいサイズになって、それでいて拡大して見ても、細部まで綺麗に描かれているのには、たかがゲームといえど素晴らしいと思ってしまう。

だが本当に人間というものは、完成するまでが楽しいのだとつくづく感じる。

クエストで手に入れた物を使って、自分独自のお庭を造ることができるのだが、こだわって造り切ってしまうと、次にやりたいのは”破壊”なのだ。

猛烈に壊したくなってしまう。

造っては壊し…そしてまた、造っては壊し…。
そんな繰り返しを何年も続けてきた。

久しぶりにピグライフにINして、仮想空間に広がる可愛らしい小物や花々には、やっぱり魅力を感じるけれど、もうそこで造ろうとは思わない自分が居た。

造っても造っても、それは所詮、仮想空間のことでしかない。
例えば、朽ち果てることもなければ、壊れることもない。いつまでも美しいままだが、変化が無いというのはやっぱり人工の物なのだ。当たり前だけど…。もちろんPCの中なのだから。

何年も何十年も磨き上げられた、木造の木肌のあの深い色合い。そんな美しさとそのぬくもりは、自然の力と人の手が時間をかけて作り出したものだ。

目には見えない時の移ろい。そしてそれに伴う自然の変化。こうした自然の変化を止めることはできないがゆえに、変化しないものへも憧れたり望んだりするのだろうが、やっぱり自然に勝るものは無い気がする。
私にとってのピグライフの時代は終わったのだと思う。

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