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華凛の日常

日々感じたことや、懐かしい思い出、旅先での出来事など、思いついたことを毎日書いています。

お餅つき


セイヨウクモマグサ
2016.12.25(日) 

今年も恒例のお餅つきがあった。今住んでいるところの自治会主催のものだが、ちゃんとした臼と杵で搗くのでとても美味しい。

いつも雑煮と、白いままのお餅、そしてきな粉餅と餡餅の4種類が売られる。ちょうどお昼前に販売開始だったので、小さめのお鍋を持って、買いに行った。

ほうれん草や鶏肉、人参・大根・竹輪などが沢山入っていて、お醤油味のお汁だ。お餅はもちろん柔らかくてフワフワだった。

最近はお昼ご飯は食べていないのだが、今日は特別にお雑煮のランチとなった。

以前、この自治会の当番の時に、お餅つきのお手伝いに参加したことがある。毎年、京都に居た頃は、お餅つきをしていたので、搗きたてのお餅の扱いが半端なく上手いらしい。

周りのお年寄りたちからお墨付きをいただき、お餅を切る役をやったり、自治会用の鏡餅の丸め役を仰せつかったりした。

結局、お餅つきに参加した人たちには、無料でお餅がいただけるので、すごく得した気分だったのを思い出す。

あちこち、飛び跳ねたお餅が着いて、前掛けはひどい有様だったが、老いも若きも一緒にお餅を丸める作業は楽しいものだ。

それにしても、かなりお年を召した方たちの行動力がすごい。むしろ腰痛に苦しんでいる私などよりも体力がおありのようで、驚くばかりだ。

今の自治会はそういった高齢の方たちで支えられている。有り難いことだと思うが、ちょうど中途半端な年齢の私は、若くも無く年寄りでも無く、なかなか居ずらい場所でもある。

近所付き合いはどこでも気を遣うものだと思うが、京都に居た頃よりも今の方が気楽に感じるのは、細かいしきたりを気にしなくて良いからかもしれない。

例えば京都でのお餅つきは、29日に毎年行っていた。これは9、すなわち”苦”をつき切って、新年を迎えるということだった。一般的には29日や、26日(ろくなことがない)は避けてお餅つきをするものだが、京都の嫁ぎ先ではあえて29日につくのが習わしだった。
季節の様々な行事を古式ゆかしくとまではいかなくても、少し気にかけて取り入れるような生活が当たり前だったことは、こうして離れてみると、今はとてもよかったと思える。

懐かしい気持ちで京都のことを思い出すのは、それだけ年をとったからかも知れない。

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