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華凛の日常

日々感じたことや、懐かしい思い出、旅先での出来事など、思いついたことを毎日書いています。

№73 達人達(たち)を観て


アオイスミレ
2017.01.26(木) 

今日、録画した物の中から、
[SWITCHインタビュー 達人達(たち)「行定勲×宮本輝」 - NHK - ]
という番組を観ていて、初めて宮本輝という作家さんを知った。
対談相手は「世界の中心で愛を叫ぶ」の監督さんだった。この映画は知っているが、監督の名前も今日初めて知った。行定 勲さんという名らしい。共に有名な方なのだろうが、私は知らないことが多すぎるといつも思う。

それはさておき、宮本輝という作家さんの言葉で、とても心に残ったことがあるので書き留めておこうと思う。

宮本輝さんは『泥の河』という作品で太宰治賞を受賞。『蛍川』で芥川賞を受賞した方だそうだ。もちろんこれらの作品は共に読んでいない。だが『泥の河』については、映画化された場面も紹介され、簡単な内容も番組の中で取り上げられていた。

この映画を通して、”原風景”ということについてのお話もされていたが、それはまた別の機会に書くとして、その後の宮本輝さんの話しの中から、印象に残ったことがある。

自分が何か書きたいことを書いていて、数十ページ書き終えて読み返すと、なんだか違う。それでここも足りない。こっちも足りないと書き足してみるが、どんどん書きたかったことから離れていってしまうように感じたそうだ。

そんな作家修行時代の出来事として、師匠と言われる人が、宮本さんの作品を読んで、付け足した箇所をあっさり削除したそうだ。
宮本さんが一番気に入っていた書き出しの部分も、あっさり要らないと赤ペンで削除したらしい。

そしてその師匠がこう言われたそうだ。
「この最初の部分が無かったことにして話しが書けたら、君は天才だよ」

宮本さんはとても腹が立ったと言っていた。自分が一番気に入っていた部分や書き足した部分をあっさり要らないと言われたのだから、それはそうだろうと思う。
だが夜中に一人読み返してみると、その師匠の言ったことが分かったという。

「書きたいことは書かないで、書きたいことを書く。」
これが極意らしい。

私が少ない読書の中でも読みたくなる作品には共通点がある。

それは作品の中に存在しているけれど、書かれていないことだと思う。作品の中に適度にちりばめられた、書かれていないけれど書かれているものが見えてくると、ワクワクしてどんどん作品の中にのめり込んでいく。

読み終えた後の満足感と、作品全体から伝わってくる作者の想いは、読み終えた瞬間に自分自身の言葉でしか表現できないものだ。これは作者によって自然と導かれることもでもあるし、作者の意図したところではないかもしれない。もちろん作者の思惑通りかもしれない。だが読み手の私の感性が租借した想いは、作品を通して作者と私を結び、時には共感と感動になるのだと思う。

私は書き手ではないが、何か書く時には細かく描写することが好きだ。こんな何でもない日記の中でも、伝えたいことはどうしてもくどくなってしまう。
まさしく伝えたいからこそ、これでもまだ言い足りない。これでもまだ伝わらない。そんな気持ちが書き足さずに要られなくするのだと思う。

「足らないところほど、もっと足らなくする」
天才所以の言葉かも知れない。
宮本輝さんの作品の一つである『錦繍』を読んでみようと思う。

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