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華凛の日常

日々感じたことや、懐かしい思い出、旅先での出来事など、思いついたことを毎日書いています。

№195 気が付けば…


セグロセキレイ
2017.07.06(水)

お昼休みと言っても、スタッフルームも無い今の職場。受付のデスクが私の居場所だから、電話が鳴れば出ないわけにもいかない。気の小さいところがある私。せめてしっかり休憩時間を取りたくて、近所のスーパーをぶらつく。

何処へ行っても高齢者が多い。その為、買い物中にも一息つけるように、あちこちにベンチがある。自分はまだ高齢者ではないつもりだが、有り難い気持ちで腰かける。

ぼーっと眺めていると、陳列された商品から移り変わる季節を感じた。
まだ梅雨のはずなのに、物凄い暑さだ。夏になる前にすでに夏バテ気味の私には、ちょっと涼し気な色に染められた「うなぎ」の旗を見ただけで、なんだか効き目を感じたりする。

旗の後ろが何やら美しい。よく見ると花火だ。手持ち花火や小さめの打ち上げ花火が色とりどりに綺麗に並べられている。

「もう花火なんだ…」

昨日は台風の影響で酷い雨だった。今日も避難勧告が出ている地域があったりして、最近の極端な天候には参ってしまう。

どうも地球も調子悪いような気がしてならない。もしかして、地球も年をとってきているのだろうか。それとも、まだまだ元気真っ盛りで、時々癇癪を起したみたいなお天気になってしまうのだろうか。

夏の暑さが大の苦手な私には、とにかく息をするのも辛い季節が到来している。
気が付けば7月の声を聞いて、日記を書くことを思い出した。

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№194 感動できる心



2017.06.27(火)

何の話しからだったかは忘れたが、先日長男と話していて。私が言った言葉に長男が、
「俺が一番荒れてた頃、母さんがそう言ったのが今でもずっと残ってるよ」
と、ポツリと言うのでとても驚いた。

私が言った言葉とは、
「どんな些細なことでも、感動できる心が大切」
ということで、これは常々思っていることだった。自分では『幸せになるコツ』だとも思っている事だ。

言い換えれば、ちょっとしたことにも全力で喜べる。ほんのちょっとしたことでも嬉しいなと感じられる。そんな物事に感動する心を失いたくないということだ。

同じようなことがあっても、同じような景色を見ても、同じように過ごしていても、面白いことや楽しいことを、見落とさないで喜べたら、どんなに素敵なことだろう。

何歳になっても、感動する心を無くしたくないなと、今更ながらに思う。

東京へ引っ越して、再婚したのは長男が中2の頃。本人は荒れていた時期と捉えていたようだが、私には至極当たり前のような気持もあったし、長男が荒れたくなる気持ちも分かる気もしていたから、言葉にするのは難しいが、何というか、成長するときの歪。それとも、生まれ出時の苦しみ…みたいな感じで長男を見つめていたことを思い出す。

思うようにいかない苛立ちの中で、もがき苦しむ姿を見るのは辛く、けれど母も同じなんだよと心の中で思いつつ、なんの力にもなれない無力な母であることを、心の底から申し訳なく思ったことも多々あった。

そんな気持ちの中で、自分自身をしあわせにする方法があるとしたら、きっとそれは自分の心次第のような気がして、きっと自分自身に言い聞かせるように、子どもたちにも話したのかも知れない。

あれから10年以上たった今、息子の心の中に私の言葉が生きていることを知って、嬉しいような怖いような、そして、今でこそ思う、母と言えどもさほど変わらない私なのに、母にしてもらったことは、やっぱりとてもスゴイことだったんだなと思ってしまった。

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№193 怠け者


コゲラ
2017.06.26(月)

本当は何がしたいのかな…と、考えてしまう。
「はたして私がやりたいことはこれだったっけ?」

というような気分になってくる。

もちろんお菓子やパン作りも楽しい。
まだまだ、初心者の私には、未知の世界を旅しているようで、ワクワク感がたまらない。

やりたいことと、やらなきゃなと思うことは、ちょっと違う。

こういうところで、怠け者たるところがばれてしまう。

とりあえず、やりたくないけどやらなきゃということも含めて、ちょっと書きだしてみた。

_________

家の掃除
いわゆる断捨離
自分のコーナーの不用品の破棄
過去旅の記録を書いてアップ
写真の整理
 (鳥・マンホール・駅舎など撮りためた物を整理したい)

__________

ここまで書いていてふと思った。
書きたいことを書きたい。

たぶんこれなんだろうな。
自分が一番やりたいことって。

ケーキを作るのも、パンを焼くのも楽しいけれど、腰を落ち着けて自分の心に向き合って、本当にやりたいことに時間を使えるようになりたい。

こんなことをグダグダ書いてる私の本性は怠け者です。

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№192 リア充


コサギ
2017.06.25(日)

最近、やっとこんな言葉があることを知った。

リアル(現実)の生活が充実している人物のことを指すらしい。もともとは、恋人がいる人のことをリアルに充実してんじゃん的に言い出したとも知った。

人の心は海のようだ。穏やかな時もあれば、時に悲しみに憎しみに荒れ狂うこともある。振れ幅が大きい人もあれば小さい人もいるが、どんな人でも両面を持ち合わせているものだと思う。

リア充の人のネットに上げた情報が嫉みをかうことも少なくないと知り、つまらない気分になってしまった。

でもそういえば、私の友人がお手製の料理をUPしているときに、こんな文章が書かれていて驚いたことがある。
「料理って、自慢っぽいけど、今日は頑張って作ったからたまにはいいよね」

そうなの?
料理とかは自慢なの?

そんなこと言い出したら、FB全部が自慢じゃないの?

思わず心の中でそう言い返してしまった。
その友達は、料理は自慢だと感じているらしいが、本人はライブをやったりとすごく充実している様子を日々綴っているが、それは”自慢”じゃないんだろうか?

そこへきて、このリア充という言葉の存在。

「いいじゃないの。ささやかな楽しみや喜びを分け合って、シェアすれば…」

人の喜びを一緒に喜び会える場が、こういったSNSと呼ばれるものだと思っていたが、あまりに幸せそうな人を見れば、嫉む気持ちがでるものなのだろう。

私自身はといえば、良い意味でも悪い意味でも、もともと他人様の事には興味が無い人間だ。だからこそ、興味がわいた数少ない人だけに、共感したり感動したりしている毎日だが、自分の心で選んだ人が幸せなら嬉しいし、悲しいことがあれば同じように辛い気持ちになる。

もちろんネット上のことだから、自分が感じているような人ではないかも知れない。だが、それも面白いではないか。
実際、数少ないネット上で、友達になりたいなと思う人も数名いるし、相手はこちらをどう思っているかは分からないが、素敵な人とお近づきになれて嬉しいなと思うことも多々ある。

一昔前なら、出会うことも知り合うことも無かったのに、共感できる考え方や生き方に触れることができるチャンスをネットは与えてくれた。

リア充の人がいっぱいいる日本って、いい国なんじゃないかなと思う反面、そんな人たちを見て心を曇らせる人もいることを知って、光と闇を感じた日だった。

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№191 長生き


スズメ
2017.06.18(月)

腰痛が酷くて痛そうにしていると、次男が心配そうに、
「母さん、長生きしてよ」
などとしおらしいことを言ってくれた。

「もうそろそろ逝ってくれてもいいよって言われるくらい、長生きするわー」
と、大笑いしながら返事した私だった。

人は長生きしてねと言う。
私も、亡くなった義父母にも幾度となくそう言ったものだった。

早く死ねとは殆どの人は口にしない。

人には長生きして欲しいと思うくせに、自分のことはというと、特に長く生きたいとは思わない。元気に長生きならいいが、それでも仙人じゃあるまいし、100も200も生きたいとは思わないというのが本音だ。

人それぞれ基準は違うものの、ある程度の年齢に達すれば、普通にそこそこ満足したところで、あちらの世界に旅立ちたいというのが、一般的な願いではないだろうか。
またこの”ある程度”というのが、人によっては実際かなり差があることだとも思う。

だが本当に、こればかりはそれがいつなのか、誰にも分からない。
こんなことを書いていて、明日どうなるかも知れないし、かといって、ずっとずぅーっと長生きするかも知れない。

何となくだが、お産の時に似ている気がする。
いつなのかは分からない。けれどその日は必ずやってくる。

生まれ出る命と、去りゆく命。
お産なら、何日くらいと大体決まっているが、この去りゆく日だけは、同じ人でもかなりの幅があるから、予測不可能な気がする。

その時がどんな形でいつ訪れても、なるべくジタバタしないで気持ちよくあちらの世界に旅立ちたいなと思う。そんな心構えを本気で考える年齢になったように思うし、そういうことを意識しながら生きている今こそ、人生の中でもっとも生きていることを実感できる時期なのかも知れない。

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№190 笑顔で料理


イソヒヨドリ
2017.06.17(日)

先日料理をしていて、あまりにも自分が真剣な顔で作っていることに気が付いた。真剣と言えば聞こえはいいが、何だかものすごく怖い顔をして作っていたような気がしてハッとしたのだった。

最近は腰痛があることでも、筋力が低下していることがよく分かるが、鏡に映る顔を見ると、そこにも筋力の衰えを感じる。

私がまだ若かった頃、母が何か怒っているのかと思って尋ねると、全くそんなことは無く、そんな風に見えていることに母が酷く驚いていたことを思い出した。

年をとれば、それでなくてもあちこち痛かったり、少し動いただけで疲れてしまって、表情も暗くなりがちかもしれないが、実は本人は普通にしているつもりでも、険しい表情に見えがちなのではないかと思う。

私自身も母と同じように老いを感じるようになったことで、外出した時や職場にいるときは、意識して口角を上げるようにはしているが、自宅で一人料理をしているときには、そんなことを考えてもみなかった。

だがこんなに怖い顔で調理をしていては、材料たちも委縮してしまいそうだ。

「美味しくなってね」と言霊(コトダマ)をかけるだけでなく、作っているときも笑顔でニコニコしていれば、美味しくなること間違いなしの気がするのは私だけだろうか。

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№189 あっという間に


ウミネコ
2017.06.17(土)

ちょっと気を抜くと、本当にあっという間に一週間が経ってしまう。

月・火・水・金の4日しか働いていないのだが、それでもやっぱり仕事しているというだけで疲れたりするし、夜もなるべく早く寝ようと心がけてもいるので、日記をつけられないことが最近とみに多い。

iPhoneの設定で、23時になると「寝ましょう」的なお知らせがくるので、ベッドの中で本を読んだり、ニュースを見たりしていても、なるべくその時間には寝るようにしているが、最近はそんなお知らせも要らない程、バタンキューという感じで寝てしまう。

体力の衰えを感じる毎日ではあるが、楽しく過ごすことが一番だと思っている。
やりたいことは沢山あるが、やれることは限られているし、やらなくてはならないことさえも、だんだんこなせなくなってきているのが現実だ。

「まぁぼちぼち、ひとつずつやっていこうね」
とは、自分に言い聞かせる言葉。

若い頃のように、一気にばぁーっと出来なくても、休憩しながらでも、ひとつずつ一つずつやっていくのが今のわたしには一番いいことだと思う。

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№188 体のメンテナンス


白鳥
2017.06.10(土)

ずいぶん前に酷い腰痛で、寝返りを打つのもままならない時期もあったが、あの頃に比べると、断然楽にはなっているのだが、その反面まったく違う痛みに襲われている。

さすがに心配になって、ちょっとググってみた。

なんと合致する症状は、いつも私が仕事で入力している疾病名。
”腰部脊柱狭窄症”ではないか。

文字だけは馴染みがあったので、自分の体がそんなことになっているかもしれないことに、ひどく驚いた。

だが、腰痛を抱えて数年。筋力の衰えを含め、自分の体の変化と向き合うようになったことだけは確かだ。
ストレッチをするようになって思うことは、日常生活だけだと、殆ど使う部分は決まっているような気がすることだった。その為、ストレッチをすると、とても新鮮で気持ちよく、それだけでリフレッシュするような気になるのだ。

病名についてはもちろんちゃんと病院で診断を受けたわけではないから、違っているかもしれない。だが自分の体のことなので、できるだけ自己回復を目指したい思いだ。

昨日調べていて、軽い症状ならストレッチで何とかなりそうな感じだったので、ゆっくりと出来る範囲でやってみた。

痛みが酷かった一昨日に比べ、昨日、今日はかなりましになっているので、うまく合ったのかも知れない。

単純に考えても、使わなくなった筋肉があることは、自分でも自覚できる。特にスポーツをすることもない私なので、運動の代わりにゆるゆるだがストレッチを続けて、体のメンテナンスを続けていこうと思う。

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№187 友の死


2017.06.09(金)

高校の時の同級生が急逝した。
同級生同士の再婚夫婦の旦那様だった。
再婚してまだ1年足らずと聞いている。

あの輝くばかりの若かった日々。
自分の人生がこれから先どうなるのかも分からない。
そんな希望に燃えていた青春時代を共に過ごした同級生たち。

そして今、それぞれにそれぞれが自分の道を歩き、あの頃の面影を少し残しながら、普通のおじさん、おばさんに風体は変わった。

奇跡的な再会で再婚した二人。
ダンディな彼と歌姫の彼女は、それはそれはかっこよくて、とてもお似合いの二人に見えた。まだまだこれから2人で楽しい時間を過ごしていくと、きっと誰もが疑わなかった。

なのに突然の訃報。
彼女の悲しみが伝わってくる。

分かっているのです。
いつかお別れすることは。
分かってはいるのですが、こんなに早くこんなに急に。

どんな状況で亡くなったのかは聞いていない。
けれど、どんなに仲良しだったかは分かるから、どんなに寂しいかだけは分かる。

私も怖いよ。
最愛の人を亡くす恐ろしさ。
お別れの時がいつか、そう、必ずいつか来ることはさけられないのだから。

我儘を言えば、看取ってもらいたいけれど。
でもやっぱりちゃんと看取って、あっちの世界へ旅立つのを送ってあげなくちゃとも思う。
きっと我が夫様は、生きるのが不器用な私を一人、この世に残して旅立つのは忍びないことだろう。
けれど、残される辛さ悲しさは、夫様には経験して欲しくないなとも思う。

どんな最後を迎えるのは分からない。
いつ、お別れの日が来るのかも分からない。

だからこそ、今日を大切に、明日を大切に、一日一日を大切に過ごしていこうと思う。

天国に逝ってしまった彼は、きっとまだそばに居て、彼女を見つめていることだろう。
涙にくれる彼女のそばに、そっと寄り添っていることだろう。

涙が枯れるまでいっぱいいっぱい泣いて、そしていつか彼の愛した、彼の大好きだった彼女に戻って欲しい。
いっぱいいっぱい涙が流れることこそが、彼への想いそのものだから。
どうしようもなくぽっかりあいた胸の奥は、簡単には埋めようもないだろうけれど、それでもいつか、彼の大好きだった彼女に、キラキラ輝く歌姫に復活して欲しい。

心からご冥福をお祈りいたします。

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№186 萎える


トンビ
2017.06.08(木)

今日は次男の自転車の登録シールが剥がされているということが分かった。3台所有しているうちの次男の自転車だけが剥がされていたが、実は使っているのは私だ。
次男の自転車については、学生の頃、何度も何度も…、本当に、いったいよくそんなことが出来るなと思うほど、”パンク”させられた経験がある。

お買い物に行っても心は晴れず、何となくモヤモヤしながら帰路に着いた。
桜の季節には花のトンネルになるお気に入りの道を、ゆっくり自転車を漕いで行く。今は葉っぱの緑が美しい。雨が降り出しそうな強めの風が吹き抜けていった。
ふと、何度もパンクさせられていた頃の次男を思い出した。

「母さん、ごめんな。またパンクしてる」
あの、次男の申し訳なさそうな顔。
パンクの修理代がかかることをひどく気にしていた。

自転車を使おうと思って自転車置き場に行くとパンクしている。ということが、何度も繰り返されたら、どんなにか心が折れることだろう。

パンクした自転車を押して、何度も修理に行くのは、きっと辛かったに違いない。
「大丈夫?」
ぐらいしか言えなくて、見守るしかできない私だった。

そう思うと、あの頃の次男って偉かったなとしみじみ思った。

その後も忘れたころに自転車は被害を被っていた。ほとんど自転車を使うことがなくなった次男は、初めて自分のお給料で買った自転車だったが意に介せずで、母親である私の方が、とても腹が立って悲しかった。
そんな次男の自転車を最近私が使うようになって、また時々おかしなことが起こるようになったのだった。
社会人になった次男の一言は、
「ほっとけ」

「そうだった。そう言っていたんだった」
学生だったあの頃よりも、もっとしっかり前を向いて歩いている次男が、たった一言いった言葉を思い出した。

私よりも次男の方が偉いなと、ちょっと誇らしい気持ちになった。
次男の言葉が心に響いて、何も萎えるような大した出来事でもなかったような気がした。

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